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01001002【欧州:電力システムの構造転換】「集中」から「分散」へ

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電力システム改革の本質:「誰が責任を持つのか」

再エネ大量導入時代を迎え、電力システムの課題が国内外で顕在化し始めています。

日本では、容量市場・調整力市場に係わる問題、例えば、系統用蓄電池への接続申し込み集中、充電側容量不足、出力制御問題、上限価格見直しによる事業者の混乱などです。

現在、ヨーロッパを中心に、こうした「マクロ管理」から「ミクロ責任型」への転換が潮流となり始めています。

EUは再エネ導入にあたり、2026年4月、柔軟性や供給信頼度も含めたPPAの促進を各国へ提言しました。つまり、従来のように市場管理者が全体の調整力を一括管理するのではなく、発電と消費の当事者が、柔軟性についても責任を持つ方向へ、移行し始めているともいえるかもしれません。

そしてこれは、電力システムをマクロで管理するのか、それともミクロで責任を持つ主体が支えるのかという、根本的な設計パラダイムの転換でもあります。

これまでの集中管理システム

電力というのは、本来、原則として大量に貯めることが難しいエネルギーであり、発電と消費を同時に成立させなければなりません。つまり「同時同量(アワリーマッチング)」です。

また、電力を遠隔地へ輸送するためには、大規模な送配電ネットワークの整備・維持コストが必要になります。そのため、できるだけ近い場所で発電し、近い場所で消費する方が、送電ロスや系統増強コストを抑えやすく、電力システム全体として効率的になります。

言い換えれば、「地域内での同時同量」を高めることが、電力システムをより安定的かつ低コストに運営する上で、重要な考え方となります。

これまでの電力システムは、TSOや一般送配電事業者、市場管理者などが、需給調整市場や容量市場を通じて、電力の時間同時同量をエリア単位でマクロで維持してきました。

つまり、kWhだけではなく、kW価値やΔkW価値、すなわち柔軟性や調整力についても、中央側が確保し、全体でコストを負担する構造です。

この仕組みは、大規模集中型電力システムとして極めて合理的でした。

しかし、再エネ大量導入時代になると、どうしても課題が生まれます。例えば、出力制御の増加、調整力市場コストの拡大、蓄電池接続待ち、充放電制御問題などです。

再エネの変動性が大きくなるほど、中央側で吸収すべきコストと複雑性が急増していくからです。

さらに、マクロ集中型にはモラルハザードが生まれやすいという問題があります。

誰かが調整力を提供してくれるのであれば、「自分はいつ発電してもいい」「自分はいつ使ってもいい」という発想が生まれやすくなる。結果として、柔軟性コストが社会全体へ拡散し、全体最適のための費用が肥大化していきます。

また、こうした官主導、サプライサイドの市場設計は、どうしてもコスト構造が高くなりやすいという側面もあります。

なぜなら、市場制度そのものが、発電事業者、流通事業者、系統運用者など、サプライサイド視点から設計される傾向が強く、十分な採算性を確保するためには少なくとも導入時にはプレミアムを提示する傾向が強く出ます。

また、多くの場合、問題が発生するたびに制度改正や価格上限見直し、接続ルール変更などを行う「試行錯誤型」の制度運営になりやすい側面があります。

結果として、市場参加者から見ると制度変更リスクや不透明性が増し、そのリスクプレミアムが価格へ反映されやすくなります。

例えば、日本のFIT制度初期には普及促進を目的として比較的高めの価格設定が行われましたし、近年の調整力市場では、一部で系統用蓄電池の投資回収期間が短期化するほど価格が上昇した局面も見られました。

結果として、こうしたコストや不確実性が電力システム全体へ織り込まれていくという構造が存在しています。

PPAが「主体性を持つミクロ主体」を生み始めた

今、欧州や米国ではこうした構造から転換する予兆が生まれています。それが、複合型PPAやアワリーマッチングPPAに参加する、責任ある発電者、需要家、そしてそれをつなぐ小売事業者の登場です。

従来のPPAは、単に年間で再エネ量が一致すれば良いという考え方が主流でした。しかし近年は、太陽光だけではなく、風力、蓄電池、水力、地熱、柔軟火力などを組み合わせて、できるだけ時間別の需給一致を高めようという動きが現れています。

これは単なるkWh売買契約ではありません。「いつ発電するのか」「いつ消費するのか」「不足時にどう補うのか」まで含めて、個別主体が責任を持ち始めているのです。

つまり、マクロ側が調整するのではなく、ミクロ側で時間同時同量を達成しようとする動きが始まりつつあります。ここでは、発電者と需要家、さらに小売会社が、単なる仲介ではなく、「柔軟性を設計する主体」へ変化し始めています。

これは「電力価値」だけの話ではない

さらに、重要なのは、この変化が単なる電力価値、つまりkWhやkWの話だけではなく、「脱炭素価値」の分散化への構造変化も同時に起き始めています。

これまで非化石証書やREC、GOなどの環境価値市場は、全国レベルで環境証書と電力消費を数合わせすればよいという、マクロ的な管理思想に基づいています。

言い換えれば、「いつかどこかで再エネが発電されていれば良い」という考え方です。

しかし、この方式では、「再エネの時間同時同量」を実現することは極めて難しかった。昼間に余剰太陽光で発行された証書を、夜間の火力消費へ適用しても、「再エネ100%」が成立してしまうからです。

つまり、kWhの時間性とCO2価値の時間性が分離されていたのです。ここでも電力と同じようなモラルハザードが発生します。

もし「いつの環境価値でも良い」のであれば、需要家は、自分が夜間に電力を使用していても、昼間に潤沢に余っている安価な環境価値を購入しておけば良いという行動を取りやすくなります。

これは、時間を意識したCO2削減努力や柔軟性確保へのインセンティブを弱める構造です。

言い換えれば、本来必要となるΔCO2価値や、CO2容量価値とも言うべき「時間帯ごとの脱炭素供給信頼度」を、他者任せにしてしまう構造が生まれやすいということでもあります。

アワリーマッチングは「CO2の同時同量」を目指し始めた

ところが現在、複合型PPAや蓄電池活用によって、ミクロ主体が時間別需給一致を目指し始めたことで、その延長線上として、環境価値にも時間性を持たせようという動きが加速しています。

それが、アワリーマッチング、24/7 CFE、GC-EAC、タイムスタンプ付き環境価値取引などです。ここでは、「いつ発電された再エネなのか」「その時間に本当にCO2削減へ貢献したのか」が問われ始めています。

つまり、kWhの時間同時同量だけではなく、「CO2の時間同時同量」を達成しようという方向へ進み始めているのです。

これは極めて大きな構造変化です。従来、電力市場と環境価値市場は分離されていました。しかし現在は、アワリーマッチングによって、「電力価値」「柔軟性価値」「CO2削減価値」が再び結び付き始めています。

4象限で見る「マクロ」と「ミクロ」

この構造は、「電力価値(kWh・kW・ΔkW)」と「CO2価値(ΔCO2価値)」、さらに「マクロ集中管理」と「ミクロ分散管理」の4象限で整理できます。

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マクロ集中管理側では、電力については系統運用者や市場管理者が需給調整を担い、CO2価値については年平均型の非化石証書やResidual Mixが管理されてきました。

一方、ミクロ分散管理側では、複合型PPA、ローカル需給、VPPなどが電力の時間一致を担い、さらにアワリーマッチングやGC-EACがCO2価値の時間一致を担おうとしています。

現在起きている変化は、単純に中央集権型から分散型へ置き換わる話ではありません。むしろ、「マクロによる安定性」と、「ミクロ主体による責任ある柔軟性」をどう接続するのかが重要になっています。

人口減少に立ち向かうには

もう一つ重要なのは、日本社会そのものが、中央集権型から分散協調型への転換を迫られていることです。

人口減少と高齢化が進み、国内全体の電力需要は中長期的に減少傾向にあります。また、地方では過疎化が進み、従来のように全国一律のインフラサービスを維持することが難しくなりつつあります。鉄道、道路、上下水道、廃棄物処理などと同様に、今後は公助だけではなく、共助や自助を組み込んだ、地域単位での自立的なインフラ運営が求められる可能性があります。

電力もまた例外ではありません。中央の規制当局や市場管理者だけが全体を統制する構造から、地域側が主体性を持つ分散的な運営へ、一定の権限移譲や分権化を進めていく必要性も、今後の重要な視点になっていくと考えられます。

マクロとミクロの最適バランスを

もちろん、すぐに全てをミクロへ移行できるわけではありません。

巨大な系統による周波数維持、広域融通、大規模停電防止などは、今後もマクロ管理が必要です。しかし一方で、全てを中央側で全て管理する構造も限界に近づいています。

そのため今後重要になるのは、「マクロの安定性」と、「ミクロ主体の責任」のバランスです。

そしてその対象は、単なる電力だけではなく、CO2価値もまた、年間平均型のマクロ管理から、時間別・場所別・柔軟性別というミクロ責任型へ少しずつ移行し始めています。

つまり現在のアワリーマッチングや複合型PPAは、単なる炭素会計の手法ではありません。

それは、「誰が電力の責任を持つのか」「誰がCO2削減責任を持つのか」という、電力システムそのものの責任構造を変え始めているといえるのかもしれません。