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01005001【石炭火力・容量市場】エッセイ:火力発電所で働く人々のことについて

数値

資源エネルギー庁は、2026年5月20日に第6回 次世代電力・ガス事業基盤構築小委員会を開催し、中東情勢の長期化・深刻化に伴う燃料調達の不確実性の高まりを受け、電力の安定供給に万全を期すための緊急的対応について話し合いました。

この中で交わされた石炭火力発電所についての踏み込んだ真剣な議論をYoutubeで聞いていて、いろいろ思うことがあったので、エッセイの形で記してみたいと思います。

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日本でも、現在私がアワリーマッチング普及のための非営利活動で訪れているここタイでも、燃料価格の高騰やエネルギー安全保障上の課題を背景に、石炭火力を含む既存電源の活用について現実的な議論が続いています。

国際的に見ても、かつては化石燃料からの早期撤退を強く求める論調が中心でしたが、近年はエネルギー安全保障や経済性、電力安定供給との両立を重視する発言も増えてきました。

国際機関や各国政府の議論を見ていても、脱炭素という方向性は維持しながらも、その移行過程においては既存の火力発電設備を一定期間活用せざるを得ないという発言が飛び出すなど、時代は変わったなと感慨深いものがあります。

火力発電所で働く人について思いを致す

「火力発電の復興(あるいはピンチヒッター的な支援)」について語る時、設備の老朽化については話題になりますが、火力発電所で働く人々のキャリア設計についてはあまり多くは語られない印象を受けます。

かくいう私も十分な知見があるわけではないのですが、振り返ってみると、私自身のこれまでのキャリアの中で、火力発電所と深くかかわる機会が3回ありました。

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火力発電所は人の紡ぎだす高度なアート

最初に火力発電所を訪れたのは1990年ごろです。

当時、私は電力会社で人員計画に関わる業務を担当していました。発電所などの事業所ごとに、どの程度の人員配置が必要なのか、毎年どのような人材を何人採用していくべきなのか、学歴や専門分野ごとに整理しながら、処遇とともにその検討案を作成する事でした。

当然ながら、現場を知らずに人員計画を立てることはできません。そのため、私は何度となく火力発電所を訪問し、設備を見学させていただき、そこで働く人から詳しく話を伺う機会がありました。

そこで、火力発電所というものが実に多様な専門家によって支えられているということを学びました。

電気工学、機械工学、化学、通信。それぞれ異なる専門性を持つ技術者が集まり、一つの巨大なシステムを支えています。大学院で研究を続けた方もいれば、高専や工業高校で実践的な技術を身につけた方もいます。

業務を大雑把に分けると、発電所を運転する人、補修する人、さらに建設・リプレイスする人に分かれます。それぞれが異なる知見を持ちながら協力し、一つの発電所での安定供給を維持しています。

100万kW級クラスの発電所を安定的に運転することは全くもって簡単なことではありません。

設備の状態を把握し、燃料や化学薬品を管理し、人材を育成しながら長期間にわたって設備を維持していく総合的な技術・技能の集積です。

当時の私は、それを一つの大きな「アート」のように感じました。そして印象的だったのは、そこで働く方々が社会インフラを支えていることに強い使命感と誇りを持っていたことでした。

自由化の現場で見たもう一つの姿

二度目に私が火力発電所と関わったのは、2000年頃、米国カリフォルニア州でのことです。

当時、米国では電力自由化の中で発電と送配電部門の分離進み、発電部門はIPP(独立系発電事業者)による競争環境へと移行していました。仕事でその実態を探る必要があり、細い伝手をたどって、カリフォルニア州のとある火力発電所を訪れて、職員の方からいろいろと話を伺う機会がありました。

彼らは、日本でいうところの旧一般電気事業者から発電所ごとIPPに移籍し、極度の競争環境の中で徹底的なコスト削減を強いられていました。そうしないといつ首になるかわからないからです。

自由化前は100人以上働いていた数10万kWクラスの火力発電所の従業員は一桁にまで減らされていました。一桁の人員を減らしたのではなく、一桁の人員しか残らなかったというのです。

根掘り葉掘りインタビューする私を、IPP経営者の関係者と思ったのか、彼らは自分たちはいかにコストダウンに励んでいるかを必死にアピールしてきました。例えば「トイレ掃除も自分たちでやってます」、保守に必要な部品が欠品したらどうするのか尋ねたところ、「簡単なものなら近くのHomeDepootに車を走らせて買ってきます」ということでした。

現場には常に緊張感が漂っていました。さすがにこれはやりすぎだろうと思いました。全くもって持続可能ではありません。

もちろん独占時代の電力会社にはいろいろ不必要な部分が多くあるのも事実ですが、一桁で数十万kWの発電所を廻すのはあまりに無謀です。

その時、日本でも発送電分離の議論がありました。私は個人的にはいろいろ思うところがありましたが、結局その時は火力発電部門のスピンオフはありませんでした。

超々臨界技術と失われた機会

三度目に火力発電所を訪問したのはは2010年頃、インドでのことです。

当時私は国際機関で、新規発電所建設への融資や事業性評価に関わっていました。

その頃になると気候変動問題への関心が急速に高まり、多くの国際金融機関が石炭火力発電への新規融資を見直し始めていました。特に石炭火力は脱炭素政策の象徴的な対象となり、新規建設そのものが厳しい批判を受けるようになっていました。

一方で、日本は超々臨界圧(Ultra Super Critical)石炭火力発電技術において世界最高水準の技術を有していました。

従来型の石炭火力と比較して発電効率は高く、同じ電力量を発電する際のCO₂排出量も少ない技術です。こうした高効率技術が世界全体の排出削減に貢献し得るという立場から、インドや東南アジアにその意義を訴えていました。

しかし結果として、国際的な流れは石炭火力そのものを対象とした規制や融資停止へと進み、日本企業が長年培ってきた設計・建設・運転ノウハウの多くは縮小を余儀なくされました。

名誉のために申し上げると、そのころ経済産業省は日本の超超臨界発電技術を守るために最後まで懸命に尽力されていました。しかし、最後には欧米に押し切られました。

一方で、その後も新興国で石炭火力発電は主流を占め、超超臨界からダウングレードし、日本が抜けた穴を中国・韓国企業が埋めていきました。

火力発電所を運営するのも人ですが、メーカーで製造・保修に係わるのもまた人です。おそらく、こうした超超臨界火力発電にかかわる人々の知見は少なからず損なわれてしまったのだと思います。

再び石炭火力が語られる時代

そして思いもかけず、国際社会でも日本でも、再び石炭火力発電が議論されるようになりました。

中東情勢の不安定化やLNG供給リスクの高まりを背景に、エネルギー安全保障の観点から石炭火力の役割を改めて見直す議論が始まるのは、一定の合理性があるのだと思います。

ただ、その議論の中心は、政策規制の変更や投融資や費用負担の話で、そこで働く人々の技術・技能の伝承や、キャリアプランについてはあまり脚光を浴びないように思います。

もし本当に石炭火力を復興させるのならば、安心して働けるような体制づくりを考えるべきです。例えば、バイオマス混焼やCCUS、廃棄物発電、地域エネルギー事業、再生可能エネルギーを運営する企業のM&Aなど、将来も安心して技術・技能を蓄積して、役立てることのできる仕組みなどです。

若い世代に示すべき未来

さらに重要なのは、これから社会に出る若い世代にどのような未来を示せるかということです。

火力発電所で働きたいと思う学生に対して、30年後、40年後も誇りを持って働ける産業であると言えるのか。採用、処遇、給与、キャリアパス、技術継承を含めて、どのような将来像を描けるのか。

そうした議論がなければ、人材の確保や技術の継承は難しくなっていくかもしれません。

近年はAIやフィジカルAIの進展が注目されています。しかし、大規模なエネルギー設備を建設し、維持し、運営するためには、依然として高度な電気・機械・化学の知識と現場経験が必要です。

現場に根差した技術者の役割は、今後も長く重要であり続けるのではないかと感じています。

石炭火力発電を残すのかの議論の中で、こうした人にかかわる課題にも、私たちは正面から向き合っていく必要があるのではないでしょうか。