EV規制は「走行時ゼロエミッション」から「素材・製造時排出」へ広がり始めている
欧州では長年、「2035年以降はゼロエミッション車中心へ移行する」という方針が進められてきました。
従来の議論は主に「走行時にCO2を排出しないか」が中心であり、EVの普及が最大のテーマでした。
しかし近年は、欧州自動車産業の競争力低下、EV需要の変動、中国メーカーとの競争、エネルギー価格上昇などを背景に、制度運用へ一定の柔軟性を持たせる議論も進んでいます。
その中で現在急速に重要性を増しているのが、「車両を何で作ったのか」という視点です。つまり、鉄鋼、アルミ、電池、水素、使用電力まで含めて、自動車全体のライフサイクル排出量(LCA)を評価しようという流れです。
EUでは近年、「単にEVであれば良い」という考え方だけではなく、「製造段階で大量のCO2を排出していれば、本当に低炭素なのか」という議論が強まっています。
特に欧州では、中国製EVが大量流入する中で、「走行時ゼロエミッション」だけではなく、「製造段階のCO2」も競争条件へ反映すべきだという議論が広がっています。
この流れの中で注目されているのが「グリーン鉄(Green Steel)」です。
グリーン鉄を一定割合以上使う車両を優遇する議論
現在欧州では、自動車メーカーに対して、低炭素素材を一定割合以上使用した場合に、LCA上の評価や規制対応で一定の優遇を与える議論が進められています。
その中では、
2030年までにグリーン鉄比率40%、
2035年までに75%、
2040年までに100%、
といった段階的導入シナリオも、一部シンクタンクや政策提言の中で示されています。
これは現時点で公式機関に原案として議論の俎上にあるものでは全くありません。
しかし、欧州では「自動車の脱炭素を本当に進めるのであれば、材料段階まで踏み込む必要がある」という問題意識が広がっています。
特に鉄鋼は、自動車製造時のCO2排出の中でも大きな割合を占めます。そのため、自動車メーカーが低炭素鉄鋼をどの程度使っているかを、将来的にLCA評価や規制上の柔軟措置へ反映する議論が進んでいます。
このため、あくまでも将来の可能性としてですがに、「EVを販売しているか」だけではなく、「どのような鉄鋼・素材を使っているか」も競争力へ影響する可能性があります。
グリーン鉄は「電力」と深く結びつく可能性がある
現在「グリーン鉄」には統一された単一定義があるわけではありませんが、一般的には、水素還元製鉄(H2-DRI)、電炉(EAF)、高リサイクル比率、CCS活用、低炭素電力利用などを組み合わせた鉄鋼が、低炭素鋼材として扱われています。
ここで重要なのが、電炉は大量の電力を使用するという点です。そのため、石炭火力主体の電力で動く電炉と、再エネ主体の電力で動く電炉では、同じ電炉でも排出量が大きく変わります。
つまり、グリーン鉄の議論は、製鉄技術だけではなく、「どのような電力を使用したのか」というScope2の議論と徐々に結びつき始めています。
現時点では、年間平均型の再エネ調達でも一定程度低炭素として扱われています。しかし、仮に将来、時間一致や地域一致をより重視する方向へScope2が高度化した場合、「どの時間帯に、どの電源由来の電力を使っていたのか」という点まで議論が広がる可能性も考えられます。
CSDDDはサプライチェーン全体へ影響を及ぼす可能性
CSDDD(企業サステナビリティ・デューデリジェンス指令)は、企業に対してサプライチェーン全体の人権・環境リスク管理を求める制度です。今後、欧州企業が部材や素材を調達する際には、使用電力、再エネ比率、CO2排出量、排出削減計画などの情報をサプライヤーへ求める場面が増える可能性があります。
その意味では、CSDDDは直接Scope2を規定する制度ではありませんが、結果としてScope2データや再エネ調達情報の重要性を高める方向へ作用する可能性があります。特に鉄鋼、自動車、化学、電池などの電力多消費型産業では、サプライチェーン全体での低炭素化説明が重要になりつつあります。
もし将来的にScope2ルールがより時間粒度の細かい方向へ進んだ場合、サプライチェーン全体でも、より詳細な電力属性情報が求められる可能性はあります。ただし現時点では、そのような制度導入が確定しているわけではなく、あくまで将来的な議論の一つとして捉える必要があります。
EUタクソノミーは「何が本当にグリーンか」を整理する制度
EUタクソノミーは、「何をサステナブルな経済活動とみなすか」を定義する制度です。金融機関や投資家は、どれだけ低炭素な投資か、どれだけグリーン資産を保有しているかを開示する必要があります。
そのため今後は、単に「再エネを使っています」という説明だけではなく、どのような電力か、どのような証書か、実際の排出削減につながっているかがより重視される可能性があります。
現在の制度では年間平均型の再エネ調達でも認められるケースが多いですが、将来的には、より粒度の細かい電力属性データが活用される可能性も指摘されています。特にグリーン鉄やグリーン水素のように大量の電力を消費する産業では、「再エネを使っている」という事実だけでなく、その再エネがどのように供給されているのかという点も徐々に注目される可能性があります。
CBAMは「製品の電力由来排出」を貿易へ反映する制度
CBAMは、EU外から輸入される製品に対して、炭素排出量に応じたコスト負担を求める制度です。対象には、鉄鋼、アルミ、セメント、水素、電力などが含まれています。
ここで重要なのは、製品製造時の電力由来排出量です。つまり、どのような電力を使用したか、再エネ比率はどうか、排出係数はどうかが、将来的な競争力に影響する可能性があります。
現時点では、アワリーマッチングのような時間単位一致がCBAMへ直接導入されているわけではありません。ただし、仮に将来的にScope2ルール側で時間一致や地域一致が強く求められるようになった場合、製品CO2評価へ一定の影響を及ぼす可能性は考えられます。
特に欧州では、製品単位のCO2排出量をより精緻に把握しようという流れが進んでいるため、電力由来排出量の扱いは徐々に重要性を増していく可能性があります。
Scope2とアワリーマッチングとの関係性
現在のScope2制度では、多くの場合、年間単位の再エネ証書、年間PPA、年間平均排出係数をベースに排出量が算定されています。一方で近年は、Google、Microsoft、UN 24/7 CFE、EnergyTagなどを中心に、「電力消費と再エネ発電を時間単位で一致させるべき」という考え方も広がっています。
これがアワリーマッチングです。ただし現時点では、これが直ちに世界標準になると決まっているわけではありません。実際には、データ整備、系統制約、コスト、地域差、再エネ供給量など多くの課題があります。
そのため今後は、従来の年間平均型Scope2を維持しつつ、一部の先進企業や高電力消費産業から、より時間粒度の細かい評価が徐々に導入されていく可能性がある、という見方が現実的と考えられます。
特に、データセンター、半導体、鉄鋼、化学、EV電池などでは、「電力の量」だけでなく、「電力の質」も徐々に重要になっていく可能性があります。その意味で、現在のグリーン鉄やEU制度の議論は、将来的なScope2高度化やアワリーマッチング議論と、緩やかにつながり始めている段階と言えるかもしれません。