長期脱炭素電源オークションは、2050年のカーボンニュートラル実現と将来にわたる電力の安定供給を両立させるため、巨額の初期投資を伴う脱炭素電源の新規建設やリプレースに対して原則20年間にわたり固定費水準の容量収入を保証する市場メカニズムとして創設されました。
しかしながら、制度開始当初の第1回および第2回入札の結果を振り返ると、募集量を上回る応札があったものの、その内訳は蓄電池や揚水発電といった特定の調整力リソースに大きく偏っていました。
経済産業省の総合資源エネルギー調査会電力・ガス基本政策小委員会制度検討作業部会において事務局から報告された分析によれば、蓄電池および揚水発電以外のベースロード的な新設およびリプレース案件の応札量と落札量が極めて少なく、本来の制度目的である多様な脱炭素電源の投資判断を強く後押しする結果になったとは言いがたいという厳しい課題認識が共有されました。
この背景には、ウクライナ危機等に端を発する世界的なインフレの進行、建設資材費や人件費の高騰、さらには為替の大幅な円安といったマクロ経済的な事業環境の急激な悪化が存在しており、従来の制度設計のままでは事業者が投資回収の予見性を持つことができず、結果として応札を見送らざるを得ない状況に陥っていたことが浮き彫りとなりました。
建設費高騰と事業環境の激変に対応するための抜本的な制度変更
こうした市場の停滞感と未曾有のコスト高騰の現実を打破するため、第102回制度検討作業部会をはじめとする関連委員会において、第3回入札に向けた抜本的な制度変更の議論が白熱しました。
最大の論点となったのが、応札価格の上限を定める閾値の引き上げです。当初、過度な国民負担を抑制する観点から上限価格の閾値は1キロワットあたり年間10万円と設定されていましたが、各電源種別のモデルプラントに基づく最新の発電コスト検証結果を当てはめると、多くの脱炭素電源でこの10万円という上限を突破してしまうことが判明しました。
これに対し、委員からは脱炭素電源の新設やリプレース投資を後押しする観点から適切な対応が必要であるとの賛同が得られ、上限価格の閾値を10万円から20万円へと大幅に引き上げるという重要な制度変更が決定されました。
さらに、水素やアンモニア、二酸化炭素回収および貯留技術付き火力といった黎明期の次世代技術については、設備投資だけでなくランニングコストの負担も極めて重いため、設備利用率の4割分に相当する燃料費などの可変費を運転維持費の一部として応札価格に算入することを認めるという特例措置も導入されました。
これらの制度変更は、事業者が直面するコスト上昇の現実を制度内に適切に反映させ、投資インセンティブを回復させるための不可欠なプロセスでありました。
制度変更を経て実施された第3回オークションの応札および落札の実際
経済産業省の資料では今回の入札結果を以下のように概括しています。

<第3回入札の結果>応札状況や約定結果の特徴 (応札・落札容量)
- 脱炭素電源の応札量は、募集量500万kWの約1.2倍の約610万kWであり、そのうち、「蓄電池・揚水」の応札容量は約355万kWと、募集上限80万kWの4倍超となった。
- また、第2回入札から対象に追加された「既設原発の安全対策投資(募集上限150万kW)」は1件55.8万kWの応札があり、落札された。
- 一方、募集上限50万kWの「脱炭素火力」は、4件51.7万kW(水素・アンモニア)の応札があり、全件が落札された。 募集上限のない新設の脱炭素電源は、2件148.2万kW(原発、バイオマス)の応札があり、全件が落札された。
- その結果、合計の約定量が募集量500万kWを下回ったため、あらかじめ定められたルールに基づき、応札量が募集上限を大きく上回った「リチウムイオン蓄電池・揚水リプレース等」は、募集上限(40万kW)を超える81.9万kWが落札され、「リチウムイオン以外の蓄電池・揚水新設」は、募集上限(40万kW)を超える88.6万kWが落札された。
- それでもなお、脱炭素電源は、募集量500万kWに対して、約定量が426.1万kWとなり、73.9万kWの未達が生じた。
- 足元の供給力不足を踏まえ、第1回・第2回に続き緊急に募集を行ったLNG火力については、募集量293万kWに対して応札量は7件475万kWとなり、4件303.8万kWが落札された。
- (約定価格・総額) 脱炭素電源の約定総額は4,748億円/年、LNG火力の約定総額は1,444億円/年であり、約定総量729.9万kWに対し、約定総額は6,192億円/年となった。
- また、一定の前提を置いた試算に基づく他市場収益の還付後の約定総額は、脱炭素電源3,420億円/年、LNG火力810億円/年となった。
- 加重平均約定価格は、脱炭素電源は11.1万円/kW/年、LNG火力は4.6万円/kW/年となり、それぞれ上限価格の約5.5割あるいは約8割となった。
<解説>
上限価格の引き上げと可変費算入の容認という大幅な制度変更を経て実施された第3回長期脱炭素電源オークションは、市場参加者から極めて強い反応を引き出す結果となりました。
脱炭素電源の枠では、募集量500万キロワットに対して全国の事業者から約1.2倍となる約610万キロワットもの応札が殺到しました。
この応札の内訳を詳細に見ると、リチウムイオン蓄電池および揚水発電のリプレース等の区分において、募集上限40万キロワットに対して約215万キロワットの応札があり、リチウムイオン以外の蓄電池および揚水新設の区分でも上限40万キロワットに対して約120万キロワットの応札が集まりました。
この状況を受け、国はあらかじめ定められたルールに基づき、募集上限を超過してこれら柔軟性リソースを落札させる特例措置を発動し、それぞれ81.9万キロワットと88.6万キロワットを約定させました。
加えて、大間原子力発電所などの新設や泊発電所などの安全対策投資、さらには水素やアンモニア混焼への改修案件も全件が落札されました。
しかしながら、蓄電池分野での記録的な躍進があった一方で、脱炭素電源全体の最終的な約定総容量は426.1万キロワットにとどまり、当初の募集目標に対して73.9万キロワットの未達が生じました。
また、当面の安定供給を支える液化天然ガス専焼火力については、募集量293万キロワットに対して303.8万キロワットが落札される結果となり、制度変更が一定の投資喚起効果を発揮した実態が確認されました。
加重平均約定価格から読み解く第3回落札金額の妥当性と国民負担の抑制
この第3回オークションにおいて最も注視されるべきは、上限価格を10万円から20万円へと大幅に引き上げたことによる落札金額の妥当性と国民負担への影響です。
上限を引き上げれば事業者が一斉に高値で応札し、不当な利益を得るのではないかという懸念が松村委員などを中心に議論の過程で強く示されていました。
しかし、2026年5月13日に公表された結果によれば、各電源の落札価格を容量で加重平均した加重平均約定価格は、脱炭素電源において1キロワットあたり年間11.1万円となり、引き上げられた上限価格の約5.5割という低い水準に収まりました。
また、液化天然ガス専焼火力についても加重平均約定価格は1キロワットあたり年間4.6万円であり、上限価格の約8割の水準となりました。
この結果は、事業者が自らの応札価格がそのまま約定価格となるマルチプライス方式の下で、落札機会を逃すリスクを回避するために真剣な価格競争を行ったことを証明しています。
さらに、本制度には事業者が卸電力市場や需給調整市場、非化石価値取引市場で得た実質的な収益の約9割を事後的に還付金として徴収する精緻な仕組みが組み込まれています。
この他市場収益の還付額を過去の市場価格の変動を踏まえて試算し控除すると、脱炭素電源426.1万キロワットに対する実質的な約定総額は年間2098億円から3503億円の範囲に収まると予測されています。
これらの客観的な数値は、インフレに対応した上限価格の引き上げという制度変更が事業者の過剰な利益供与にはつながらず、激しい競争原理によって適正な市場価格が形成されたという点で、第3回の落札金額が極めて妥当なものであったことを経産省資料では評価しています。
次期オークションにおける二酸化炭素回収率の定義見直しと技術的適合
第3回入札における妥当な結果を踏まえ、関連委員会では早くも来年1月に予定されている第4回入札に向けた新たな制度設計の議論が開始されており、この議論は今後のオークションの方向性に重大な影響を与えます。
特に最大の論点となっているのが、二酸化炭素回収および貯留技術付き火力の評価基準となる二酸化炭素回収率の定義の抜本的な見直しです。
現行制度では、定格出力時における二酸化炭素発生量に対する回収量の割合という瞬発的なキロワットベースの概念で定義されていました。しかし、発電所が電力需要の変動に合わせて出力を低下させた部分負荷運転時であっても、二酸化炭素分離回収設備自体はフル稼働して高い割合で二酸化炭素を回収し続けることが可能であるという化学プラント特有の技術的性質があります。現行の出力連動型のルールでは、出力低下時に分離回収設備の稼働費用に対する国の可変費支援が打ち切られてしまうため、事業者が意図的に分離回収設備の稼働を止めるという環境政策として本末転倒な事態を招くことが判明しました。
これに対応するため、第4回以降は二酸化炭素回収率の定義を、想定される年間の二酸化炭素発生量に対する年間の二酸化炭素回収量の割合というキロワットアワーベースの総量概念へと転換する方針が提案されています。
この見直しは、次世代技術の実際の運用メカニズムに制度を適応させ、事業者が設備の稼働率を最大化して排出削減効果を極大化するための極めて合理的かつ実用的なアップデートとなります。
適用期間の上限設定とマクロなエネルギー政策に基づく第4回以降の展望
さらに第4回以降のオークションに与える影響として、支援対象となる制度適用期間の上限設定と経済安全保障要件の導入という新たな事業規律の強化が挙げられます。
本制度は原則20年の支援期間を定めていますが、期間を長く設定するほど1年あたりの建設費回収額が小さくなる一方で金利などの資本コストが増加し、支援総額に占める資本コストの割合が過度に高まって国民負担が膨張する構造的課題が指摘されました。
このため、過去の入札実態も踏まえ、第4回以降は制度適用期間の上限を原則40年とする方針が打ち出されています。
また、蓄電池の募集においては経済安全保障推進法に基づく供給確保計画の認定を受けたセルを使用する案件を優先的に約定させる仕組みの導入や、水素およびアンモニアの事前審査において低炭素燃料であることを求めつつ日本企業の出資や国際競争力強化への寄与を要件化するなど、単なる脱炭素化を超えた国家的な産業政策との連動が強く打ち出されています。
加えて、容量市場における指標価格の大幅な引き上げ議論が進む中、長期脱炭素電源オークションとの役割分担や資金還付のあり方が改めて問われています。
第3回オークションが証明した民間資金の誘引力と価格競争の健全性を基盤としつつ、技術の進展とマクロ経済の動向に即して精緻な制度設計を継続していくことが、日本の次世代エネルギーインフラを効率的かつ持続的に構築するための絶対条件となっています。