欧州委員会は、2025年12月16日、自動車産業向け政策パッケージ「Automotive Package」を発表しました。この中では、従来「2035年に新車CO2排出100%削減」とされていた自動車規制へ一定の柔軟性を持たせる方向が示される一方、車両全体のライフサイクル排出量(LCA)や低炭素素材の利用を重視する方向性も打ち出されています。
近年EUでは、「EVであるかどうか」だけではなく、「どのような素材で、どのような電力を使って製造されたのか」という点まで含めて評価しようとする流れが強まっています。その象徴の一つが「グリーン鉄(Green Steel)」です。
グリーン鉄には現時点で完全統一されたEU定義があるわけではありませんが、水素還元製鉄(H2-DRI)、電炉(EAF)、高スクラップ利用、CCS、低炭素電力利用などを組み合わせた低排出鋼材を広く指しています。
そして現在、このグリーン鉄を起点として、EUタクソノミー、CSDDD、CBAM、ESRSなど複数制度が相互につながり始めています。
EUタクソノミーが「何をグリーンと認めるか」を定義
EUタクソノミーは、「環境的に持続可能な経済活動」を分類するEU共通基準です。金融機関や投資家は、自社ポートフォリオのうち、どの程度がタクソノミー適合資産なのかを開示する必要があります。
ここでは、単に「再エネを使っている」という説明だけではなく、「本当に低炭素なのか」を技術基準(TSC)やDNSH(Do No Significant Harm)基準を通じて判断します。
そのため、グリーン鉄のような低炭素素材についても、「どのような製造プロセスで、どのようなエネルギーを使用したのか」が重要になっています。
特に水素還元製鉄や電炉は大量の電力を消費するため、「どのような電力で製造されたのか」というScope2の議論とも徐々に結びつき始めています。
つまりEUタクソノミーは、「グリーン素材とは何か」を金融面から定義する役割を担い始めているとも言えます。
CSDDDはサプライチェーン全体へ波及
こうした低炭素素材の議論は、CSDDD(企業サステナビリティ・デューディリジェンス指令)とも接続しています。
CSDDDでは、EU企業や一定規模以上の域外企業に対し、サプライチェーン全体の人権・環境リスク管理が求められます。対象には温室効果ガス排出や環境負荷も含まれています。
例えば、自動車メーカーがEU市場へ車両を輸出する場合、使用されている鉄鋼や電池、アルミなどについて、「どの程度低炭素なのか」をサプライチェーン全体で説明する必要性が高まる可能性があります。
その結果、日本の鉄鋼、自動車、化学、部材メーカーなども、欧州企業との取引を通じて、再エネ利用状況や排出量データの提供を求められる場面が増える可能性があります。
特にAutomotive PackageでLCAや低炭素素材が重視され始めたことは、こうした流れを象徴する動きとも言えます。
CBAMは「製品のCO2」を国境で評価する制度
さらにCBAM(炭素国境調整メカニズム)は、こうした考え方を国際貿易へ広げる制度です。
CBAMでは、鉄鋼、アルミ、水素、セメントなどについて、製造時のGHG排出量に応じた炭素コスト負担が求められます。
つまり、「どの国で作られたか」ではなく、「どのような排出構造で作られたか」が重要になります。
ここでも、電力由来排出量、つまりScope2が重要になります。
仮に同じ鉄鋼であっても、石炭火力主体電力で製造されたものと、低炭素電力主体で製造されたものでは、排出量が大きく異なるためです。
そのため、CBAMは単なる炭素税ではなく、「製品単位で低炭素性を競う制度」としての性格を強めています。
ESRSは企業活動全体を開示対象へ
こうした活動を企業がどのように開示するのかを整理するのが、ESRS(European Sustainability Reporting Standards)です。
ESRSはCSRDに基づく欧州サステナビリティ報告基準であり、気候変動、サプライチェーン、エネルギー利用、GHG排出などについて詳細な情報開示を求めています。
そのため、EUタクソノミーで定義された「グリーン性」、CSDDDで求められるサプライチェーン管理、CBAMで要求される製品単位排出量などが、ESRSを通じて企業開示へ統合されていく構造になりつつあります。
つまりEUでは現在、
「何がグリーンかを定義する」
↓
「サプライチェーンへ要求する」
↓
「貿易で評価する」
↓
「企業開示へ反映する」
という一連の制度体系が形成され始めています。
GHGプロトコル改定が将来的に与え得る影響
こうした中で注目されているのが、GHG Protocol Scope2改定議論との関係です。
現在のScope2制度では、多くの場合、年間平均型の再エネ証書やPPAを用いた算定が一般的です。一方で近年は、Google、Microsoft、EnergyTagなどを中心に、「電力消費と再エネ発電を時間単位で一致させるべき」という考え方も広がっています。いわゆる「アワリーマッチング(Hourly Matching)」や「24/7 CFE」と呼ばれる議論です。
もっとも、これらは現時点で国際標準として確定しているわけではありません。データ整備、コスト、系統制約など課題も多く、GHG Protocol側でも引き続き議論段階にあります。
ただし、思考実験として、将来的にScope2がより時間粒度の細かい方向へ高度化した場合を考えると、EU制度群にも一定の影響が及ぶ可能性があります。
例えば、「再エネを使っているか」だけではなく、「どの時間帯に、どの地域で発電された電力なのか」が重視されるようになれば、グリーン鉄やグリーン水素、自動車LCA評価にも影響する可能性があります。
また、EUタクソノミーにおける低炭素認定、CSDDDのサプライチェーン説明、CBAMの製品排出量評価、ESRSでの情報開示なども、より詳細な電力属性データを求める方向へ進む可能性があります。
現時点では、そのような制度導入が決定しているわけではありません。しかしEUでは、「製品」「素材」「電力」「金融」「貿易」「開示」を一体で設計する方向が徐々に強まっています。
その結果、EUと取引を行う企業群を中心に、EU基準に基づく「グリーン経済圏」が形成されていく可能性もあります。
多極化が進む世界経済の中で、日本としても、
- 鉄鋼
- 自動車
- 電池
- 半導体
- データセンター
- 電力
などの産業政策をどのように位置付けるのか、今後より重要な論点となっていきそうです。
出典:European Commission - Automotive Package