三菱商事が主導し、ベトナム中部ハティン省で建設が進められてきた「ブンアン第2石炭火力発電所」が、2026年4月18日に正式に開所し、商業運転を開始しました。このプロジェクトは、近年の世界的な「脱石炭」の潮流の中で、主要パートナーや建設会社の相次ぐ撤退と交代劇を乗り越えた末の稼働となります。中東情勢の不安定化に伴うエネルギー安全保障への懸念が再燃する中、新興国における経済成長と環境保護の板挟みの象徴として、火力発電のあり方が改めて問われています。

国際的な脱石炭圧力とパートナーの変遷
ブンアン第2プロジェクトは、当初の構想から稼働に至るまで、国際的な環境規制と投資撤退(ダイベストメント)の動きに翻弄されてきました。当初、三菱商事のパートナーは香港の電力大手であるCLPホールディングスでしたが、同社は2019年に脱炭素方針を理由に石炭火力からの全面撤退を表明し、本事業からも離脱しました。
このパートナー不在の事態を受け、2020年に参画したのが韓国電力公社(KEPCO)です。また、建設を担う予定だった米GE(ゼネラル・エレクトリック)も同様に石炭火力事業からの撤退を決め、最終的には韓国のサムスン物産や斗山エナビリティが施工を引き継ぐという、日韓連合の枠組みへと再編されました。三菱商事は本案件を「最後に手がける新規石炭火力」と位置づけ、環境NGO等からの強い批判を受けながらも、ベトナム政府との契約を完遂させましたが、その過程は常に脱炭素への逆行という厳しい批判に晒され続けてきました。
中東情勢とエネルギー安全保障のジレンマ
今回の稼働が、地政学的な視点から「中東依存からの脱却」として語られる背景には、アジア諸国が直面するエネルギー供給の脆弱性があります。2026年現在、中東情勢の緊迫化により、ホルムズ海峡を経由するエネルギー供給ルートへの不安が顕在化しています。石炭は調達先の多様化が図りやすく、急速な経済成長を続けるベトナムにとって、電力不足による社会混乱を回避するための「背に腹は代えられない選択」という側面を持っています。
しかし、この安全保障上の利点は、同時に気候変動対策という地球規模の課題と真っ向から衝突します。先進国が石炭火力の一斉廃止を求める一方で、自国に資源を持たず、送電網も未成熟なアジアの新興国にとって、安価で安定したベースロード電源を即座に捨てることは容易ではありません。ブンアン第2の稼働は、理想とする脱炭素社会の実現と、足元の安定供給という二つの正義の間で揺れる、新興国の苦渋の決断を象徴しています。
依然として主流を占める石炭火力新設への反対の声
こうした個別の事情を抱える国がある一方で、国際社会の主流は依然として「石炭火力新設」に対して極めて厳しい姿勢を崩していません。国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP)などの場では、温暖化ガスの排出量が多い石炭火力を増やさないよう呼びかける有志国連合が結成されており、EUや英国、フランスに加え、かつては産炭国として知られたオーストラリアまでもが「新設反対」に名を連ねています。
主要7カ国(G7)においても、日本と米国を除くすべての国がこの枠組みに参加しており、石炭火力の新設は国際的な孤立を招くリスクを孕んでいます。ブンアン第2のような大規模案件の稼働は、エネルギー安全保障の観点からは評価されるものの、国際的な脱炭素の規範に照らせば依然として「例外的な、あるいは許容しがたい選択」と見なされるのが世界の潮流です。
火力発電のあり方を巡る対話の必要性
「脱炭素化とエネルギー安全保障の確保をどう両立させるのか」という問いに対し、火力発電を単なる排除の対象とするのか、あるいは移行期(トランジション)の手段として容認するのか、その議論は今まさに正念場を迎えています。ブンアン第2では超々臨界圧(USC)という高効率技術が採用されていますが、それでもガス火力や再エネに比べれば炭素排出量は膨大です。
今後、これらの設備にアンモニア混焼やCCS(CO2回収・貯留)をどこまで実用的に組み込めるのか、あるいは稼働期間を短縮して再エネへの転換を早めるのか、具体的な出口戦略が求められます。火力発電の稼働という「現実」を前に、感情的な対立を超え、技術的・経済的な裏付けを持った建設的な議論を深める時期に来ています。アジアの安定と地球の未来、その両方を損なわないための「軟着陸」の道筋をどう描くのか、国際社会の対話が試されています。
出典:Vung Ang II thermal power plant inaugurated in Ha Tinh - VietNamNet